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 気がつくと、三月も十二日。
 これはおかしなことです。

 僕は、ちょっと眠っていただけなんですけどね。

 そう。
 少しゲームをしていたはずが、いつの間にか数日経っていたという。
 不可思議な現象。
 僕は考えたのです。
 どうにもおかしい。時間の経過が、以前と比べて明らかに加速している。
 これには科学的な裏付けがあるはずだ。

 つまり、物質というのは、エネルギーを有すれば有するほど、時間の進みが遅くなるという性質がある。
 これはかの相対性理論によって述べられている、マクロな世界においてはおよそ間違いない理論である。
 つまり、では、マクロな存在である、人間という一個体を見てみよう。
 これは、生まれた直後と、生まれて数十年の時を経た後で、よりエネルギーを有するのはどちらか。
 そう!!! 後者!!! 溢れんばかりの生命エネルギーに満ちあふれた新生児に比べて、凄烈なる現実を生き抜いてきた大人とでは!!明らかに!!生命エネルギーの総量が違う!!!
 というわけで、加齢と共にエネルギーを失ってしまった人間のすれからしたる僕は(年齢は関係ない。ともすると、生まれ持った量が少なかったのかもしれない。)既に、生命エネルギーという質量を多く失ってしまい、それ故に、度重なる時間跳躍の憂き目にあっているのだ!!!


 はぁ。
 なんてね。
 単純な話。
 胡乱な目つきで日々の間を徘徊しているようなこの精神性こそ、僕が時間の加速を感じている第一要因であると、わかっていますとも。
 つまり死に体なわけで。
 生きながらにして、死んでいるとも区別のつかない生物と物質の境界をさまよっているようなこの気持ちがいかんのですな。


 しかしですね。
 今日、創作関連の友達と一緒にファミレス行って原稿してくっちゃべって、そうして僕はやる気を出しました。

 そして気がついたのです。
 僕は、僕たちは、樹木なのです(校長先生)。
 常緑樹もあれば、落葉樹もある。
 冬にも葉を茂らせるものもあれば、葉を落とし、来たる春夏に備える樹木もある。
 たゆまぬ努力をするものも、時折休息を得るものも、等しく大きくなる機構を有しているのです。

 そう。
 僕は落葉樹。
 スランプに陥ると(冬になると)、葉を落とし(死んでいるのだか生きているのだか区別がつかない)、そして春が来ると葉を茂らせ陽光を一杯に浴びる(やる気が出て創作しまくる)。
 ある人は常緑樹。
 寒い日も、暑い日も、雨の日も風の日も、孜孜として励み、やがて天を衝く巨木になる。
 そう。
 それはただ、在り方の違い・・・性質の違い・・・・・・。
 僕は落葉樹に生まれ・・・、またある者は常緑樹に生まれただけのこと・・・・・・。そう。僕は落葉樹・・・・・・。人間の落葉樹・・・・・・。人間だって落葉樹。落葉樹。


 かの咲き誇る桜も落葉樹ですよ。
 驚きですね。
 今年はもう咲いていますよ。びっくり。いつもは入学式くらいの時ではなかったですか? これがいわゆる異常気象? それともガイガーな汚染を受けての狂い咲き? 日常の崩落の序幕?
 桜が咲いたのは、まあ、きっと。僕がスランプを抜け出してむくむくと創作意欲をわきたてていることへの手向け的なやつですね。そう。僕はそういうことにしておく。


 というわけで、またちゃんとこのブログも更新して、小説も書き始めようと思います。
 乞うご期待!
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