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悪の教典

 読み始めました。
 ついに。
 今まで読んでいたラノベをようやく既刊全て読み終えたので、一般文芸にシフトであります。
 実際のところ、悪の教典以前にかなり積読本があるのですが、どうしても読みたくなってしまって手を出した次第です。

 で。
 これが実に実に面白い。実に。
 開始数ページで、やっぱりいいなぁ貴志祐介、って思って、50ページも読んだらもう、やばいやばい、脳みそがひゅんひゅんしちゃって、読むのを止められなくなってしまいました。
 今のところまだ上巻(文庫なので)の半分ほどしか読んでいないのですが、これでまだ全体の四分の一となると、後々の展開が楽しみでなりません。

 貴志祐介作品で読んだことがあるのは『黒い家』『新世界より』『鍵のかかった部屋』くらいなのですが、この人の描く“サイコパス”はたまらないですね。
 “サイコパス”というキャラクター性をしっかり確立していて、そこにはアニメや漫画で語られるような狂気じみた異変体としての人格よりもずっと合理的で人間的な姿があって、それがどうしようもない魅力です。
 冷徹非情な人間で、苦痛を与えることや殺戮を楽しむ、というのがただの変態だとして、“サイコパス”としてのキャラクターにはその冷徹さを振るうべき合理的思想が存在するっていうのがいいですね。
 実際のところ、いたぶることや殺害することに愉悦を覚えるというのは、(創作上のキャラクターとして)単なる過去のトラウマや、精神的な『弱さ』によるところが大きいですよね。要するに、ただの心の防衛機制として発現したに過ぎない。
 それじゃあもう普通すぎてつまらない。だから最近じゃあそういうキャラは登場しても呆気なく退場させられる結末を辿るんですよね。


 でも実際のところ、こう言った一種超越的な存在としてのサイコパスっていうのは、結構前からあるキャラクター性なんでしょうね。
 ジキルとハイドだって、ある意味ではそうですし。
 先月の日経サイエンスでも言われていましたけど、やっぱりサイコパスとしての特質は社会的に成功するための要因としても機能するわけで、そういう意味でも、物語上の絶対的なキャラとして活躍するだけの必然性はあるわけですよね。

 大体のところ、サイコパスは社会正義の下に悲劇的な結末を迎えることが多いですが、僕としては寧ろ、社会正義に対して周到に勝利して幕を下ろすっていうのも、アリだと思います。
 というか、そっちの方が好き。
 飽くまでフィクションなのだから、悪が蔓延って胸くそ悪い気持ちで読み終えた方が、現実を生きる僕としてはずっと健全な心持ちを保てるような気もしますし。


 ところで話は全然変わりますが、今日例によって頭痛に襲われて(低気圧の所為なのかな?)、1:じっと耐える。2:寝る。3:一か八かあえて運動してみる。という選択肢を突きつけられて、3を選んだのですが、結果的にこれが功を奏して偏頭痛に打ち勝つことが出来ました。
 で、問題はそこではなくてですね、僕としては運動と言ったらもう自転車を漕ぐことが当たり前なのですが、なんと、パンクしてしまいました。
 虫ゴムの劣化とかじゃないです。たぶんチューブに穴があいちゃったんだろうと思います。
 ですが修理するにも既に日は暮れていて、寒風吹きすさぶ外ではままならず、でも運動したい僕は仕方なく自らの足で走ることを決意しました。
 まあ自転車漕ぐ分には幾分体力にも自信あるし、とか思っていたのですが、だめ。まるでだめ。
 ほんの5分くらい走っただけでもうぜーひゅーなっちゃって、中高生の頃と今の自分を比べて、まさしく涙ぐむ思いでした。
 意地でどうにか10分走って少し歩いてからまた5分ほど走って家に帰ったのですが、くたくたでした。
 いやぁ。
 これはまずいですね。
 来る30代に備えて身体を作っておかなければ!なんて豪語していたのに、20代半ばにして既にこの体たらく。まったく、我ながら口ほどにもない。

 帰ってからは、再び意地で、上半身の筋トレに勤しんだわけですが、まあこれは普段からそこそこやっているのでそこまで疲れませんでした。
 運動、っていうよりか、しっかり身体を鍛えていこうと決心しましたよ。

 あと、当初の予定では自転車を漕いで運動するついでに、いつも使っているゲーム屋に行ってニーアを買おうと思っていたんですよ。
 ずっと気になっていたんです。ニーア。
 僕はPS3を持っていなくて、箱しかないので、ゲシュタルトの方ですね。
 聞くところによると、あれはドラッグオンドラグーンのスタッフが作っていて、かの新宿エンディングの数千年後の未来という裏設定があるらしいじゃないですか。
 それを聞いただけでもうやりたくてやりたくて。
 ドラッグオンドラグーンは僕がやってきたゲームの中では余裕で五指に入るくらい好きなので、是非プレイしたいです。

 それでどうしてまたニーアを買いに行こうと決心したかというと、これがまあ昨日の記事にも書いたのですが、いまトータルイクリプスを見ていてですね、最初の二話にベータがカニバってるシーンがあるじゃないですか。あれを見てつい、ドラッグオンドラグーンのあの赤子のことを思い出してしまって。
 懐かしいなぁ。
 あの巨大な赤ちゃん。
 鉄塊だっけ? あの巨大な武器。攻撃力だけは最強なんだけど通常モーションが遅すぎるやつ。
 あれをジャンプ攻撃つかって倒してたっけ。
 普通に戦おうとするとマジで強いんだもんよあのヒュージベイビー。

 ドラゴンに乗っての空戦も好きだったなぁ。新宿での音ゲーは除外するとして。

 まあつまりトータルイクリプスを見てドラッグオンドラグーンを思い出して、そういえばニーアがあったなっていう連想で、うおーやりてー!!ってなったわけですね。
 でも自転車がパンクしてしまっていけなかったと。
 もしかしてこれは、ゲームなんかしてる場合じゃねえだろ。小説書くか、せめて小説を読んで素養を培うくらいのことでもしろ。っていうお告げなんですかね。いや。知らんぞ。そんなもの。ゲームだってなんだって、“やりたい”って思うその気持ちがそもそも貴重なんだって僕は気がついたんだ。
 歳をとるとさ、本当に心が芯から震えるような輝きに満ちた欲求というのがなくなるわけですよ。
 子供の頃のように、ゲームがやりたくて仕方なくて、学校が終わったら全力疾走でぜーひゅーしながら帰途を辿ったあの気持ちは、もうただの郷愁の念に過ぎないんだよ。
 いや。
 嘘。
 本当は今でもはまっちゃうと、全力で帰途につきますね。

 要するに、だ。
 そもそもそれだけはまれるものがなくなってきたんだ、ってことです。
 心の底からわき上がってくる欲求を大事にしたいっていうわけです。


 さてと。
 こんな感じかな。
 では、この辺で。
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