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[掌編]痴話喧嘩

 高校に上がってから、彼女ができた。
 生まれてこの方初めてできた彼女なものだから、僕はもう必死になって自分の趣味を隠そうとした。
 付き合うことになったのは、僕の方からの告白によるものである。
 玉砕覚悟で突撃したものだから、よもやオーケーの返事をもらえることなどほとんど想定していなかったのである。
 だから僕はオーケーをもらったその日に、趣味であったカンブリア紀の生き物の資料を、慌てて押し入れの中にしまい込んだのだった。
 僕には悪い癖がある。
 カンブリア紀の話を持ち出すと歯止めがきかなくなってしまうのだ。
 それが原因に、僕はこれまで好きになった全ての女の子から、嫌われてしまった。
 初めてできたこの彼女に告白するとき、僕は決めたのだ。
 オーケーをもらえたら、僕はこの趣味を封印する。
 逆に、ノーと拒まれてしまったなら、僕は趣味に邁進する。
 まあ、僕としてはオーケーをもらえるはずないと思っていたのだから、これはある種、吹っ切れるための儀式に過ぎないはずだったのだ。
 それがオーケーをもらえてしまった。もらってしまった。
 勿論嬉しかった。
 喜び勇んで初デートのプランを立てた。
 初デートの前日、つまり昨日なんかは、押し入れの中にしまい込んだ図鑑や解説書など、すっかり頭の中から消え去っていた。
 だというのに、僕はやらかしてしまった。
 今、目の前には彼女がいる。
 薄く細めた瞼が僕を射貫いている。
 きっかけは僕にとって不意打ちなるものだった。
「昨日家にゴキブリが出ちゃってさー」
 この彼女の一言。
 季節は夏、所は中高生で賑わうファーストフード店。
 話題にして何ら不自然な部分はなかった。
 だからつい、僕の口が滑ってしまったのだ。
「ああ、あの三葉虫みたいなやつ?」
 これは不自然であった。
 およそ一般の高校生が返す返事ではない。
 僕は戦慄した。
 なんてことを口走ったのだ僕という奴は。
 日常会話でゴキブリと三葉虫を結びつけるなど言語道断、貴様の決意はどこへ行った。僕は内心で己を叱咤する思いだった。
 どうにか、どうにか話題を変えなければ。
 でなければまた嫌われてしまう。
 折角初めてできた彼女なのに・・・・・・!
 が、そんな僕の思いを余所に、彼女から発せられた言葉は、まさしく僕の虚を突くものであった。
「三葉虫を、ゴキブリと一緒にしないでくれる?」
 僕はびくりと肩を震わせた。
「え・・・?」
 情けない声が漏れだした。
「だから、三葉虫はゴキブリなんかと違うって言ってるの」
 彼女の細められた目が、いらだたしげにぴくりと痙攣した。
 彼女が今纏っている空気はまさに剣呑。
 先ほどまで和気藹々と笑顔を浮かべていた彼女とは別人のようだ。
「その、悪かったよ。ゴキブリと三葉虫は似ていても祖先でもなんでもないしね」
 この期に及んで、さりげなく知識を忍ばせてしまう自分が恨めしい。
 こうしてひけらかすような態度が良くないというのに。
 すると、彼女は僕に対して斜めに座っていた身体を、真正面に向けると、
「そうじゃなくて、ゴキブリのどこが三葉虫に似ているって言うの? 三葉虫は可愛いけれど、ゴキブリはちっとも可愛くないわ」
「え? いや、どちらも可愛くはないと思うけれど」
 つい本音を漏らしてしまう僕。
 彼女は驚いたように目を見開いた。
「えっ? わからないの? 三葉虫の可愛さが?」
 うそでしょ? と言わんばかりの勢いである。
 おかしい。
 彼女はこんなキャラじゃなかったはずだ。
 彼女は至って普通の性格の女の子で、いや、嘘だ、普通以上に可愛い性格の女の子で、容姿も僕には勿体ないと思えるほど整っている。
 だから僕は封印したのだ。そうだろう?
 なのになんだ。この表情は。まるで、分数の計算さえできない大学生を目の当たりにした団塊の世代のようじゃないか。
 僕は内心の混乱を静めることで精一杯になってしまった。
「可愛さで言うなら断然オパビニアじゃないかな」
 言ってしまってから、しまったと思った。
 しかし、彼女から返ってきた言葉はまたしても思いも掛けないことであった。
「オパビニア? あなたってあんなストローを咥えたエビもどきみたいなのが好きなの?」
 彼女の信じられないものでも見るかのような視線に、僕の中で火が点いてしまった。
「はっ、オパビニアをそういう目でしか見られないなんて、君は可哀想な人だね」
「可哀想? それを言うなら三葉虫をゴキブリなんかと一緒にしてしまうあなたの感性こそ残念極まりないわ」
「三葉虫なんて、世界中至る所に生息した節足動物だよ? 食性は雑食。その上よく捕食される。これはまさしくカンブリア紀のゴキブリだよ」
「その理屈で言うなら鼠もゴキブリね」
 彼女は馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
 僕は完全に悪い癖を出してしまっていた。
 憤然と言い返す。
「そんなに三葉虫が好きだというなら、好きな種類を言ってごらんよ」
 すると彼女は得意げそうにこう返す。
「ダルマニテスよ」
 僕は彼女の得意げな表情に対して、嘲るような視線を向けた。
「はっ。代表種と来たか。せめてアークティヌルスとでも言ってもらいたかったね」
「アークティヌルス? 大型なだけで、いかにも小学生ウケしそうな種ね」
「どうせ付け焼き刃なんだろう? ダルマニテスをあげるところが良い例だ。アークティヌルスがお似合いじゃないか」
「愛好家が代表的なものに戻るのはよくあることよ。鉱物好きが水晶に始まって水晶に戻るように、わたしはダルマニテスに始まってダルマニテスに戻ったのよ」
 その言葉に僕は、はっとさせられた。
 そして彼女の目は真剣だった。
 彼女の目からは、三葉虫への深い愛情が感じ取られた。
 そこで僕は不意に我に返った。
 これは、夢ではないのか。
 彼女が僕の話題についてきている?
 こんなことがありえるのか?
「あなたこそ、一言目にオパビニアを出すなんて、いかにも俄仕込みじゃない?」
 黙り込んだ僕に対して、彼女が言い放つ。
 その言葉に、僕は先ほどまでの気勢をすっかり引っ込めて、
「君がまさか、バージェス動物群を知っているとは思わなくて・・・」
 僕がそう言うと、彼女は不機嫌そうな表情をころりと転じて、不思議そうなそれに変える。
「え? 知っていて告白してくれたんじゃないの?」
 僕は呆然と彼女を見返して、なにも言わずに首を横に振った。
「そうだったの・・・。てっきりわたしが古生代マニアだというのを知っていて声を掛けたんだとばかり・・・・・・」
「そんなこと、全然知らなかったよ・・・。でも、君は知っていたんだね、僕が、その・・・・・・」
 僕はあまりの衝撃的事実に、言葉を最後まで続けられなかった。
「知っていたわ。だって有名だもの」
「そんな・・・・・・」
 僕がぽかんとした顔で彼女のことを見つめていると、彼女は不意に相好を崩した。
「世界が終わったような顔をしないで。だっていいことでしょ、好きなものがあるって」
「いや、でも」
「まあどうやらあなたは、オパビニア好きの俄さんみたいだけど?」
 彼女がふふん、と鼻を鳴らす。
 僕の中に沸々と対抗心が燃え上がってくる。
「別に、オパビニアが好きってわけじゃない。僕はアノマロカリス好きに始まったアノマロカリス好きだ」
「アノマロカリス? それこそ」
「君が言ったとおりだ。鉱物好きが水晶に始まって水晶に戻る。馬鹿にしないでもらいたいね」
 言うと、彼女は先ほどと同じように目を細めた。
 そして挑戦的な笑みを口元に浮かべて、
「ならディノミスクスについてでも語ってもらおうかな?」
 僕はディノミスクスの姿を想像した。思わず口元がほころびそうになるのを努めて抑えて、したり顔で言った。
「いかにも女の子らしいチョイスだね」
 彼女の目が細められる。
 僕はそれから押し入れの中にしまったはずだった知識を、惜しげもなく彼女の前に披露した。
 彼女は何度も口を挟んできて、その度に僕はそれに答える。
 口調は互いに激しく、度々癇癪じみてもいた。
 いつの間にか日が沈んで、せっかく立てたデートプランも滅茶苦茶になっていたけれど、僕たちはまた次に会って話す約束をした。
 家に帰っていがいがした喉を水で潤してから部屋に戻ると、僕は押し入れから書籍のつまった段ボールを引っ張り出した。
 図鑑を取りだしてページをめくると、その度に彼女の顔が浮かんだ。
 どうやって説明しようか、彼女の知らなさそうな情報はないか。
 そればかりを考えて、時間は矢の如く過ぎ去っていく。
 明日が楽しみだった。


 了



 こんな話を書くのです。僕は。
 しかし今回は疲れた。
 あまり良くできたようにも思えません。悔しい。

 なにかネタは無いものかと考えていて、昨日のと対比的にしようと思っていたのですよ。
 そして色々考えた結果、「あなたってバージェス動物群のことなにもわかっていないんだわ」って激昂する女の子を書きたくなって書きました。
 結局そういう台詞は出せなかったですけど、満足です。

 ちょっと変わった趣味を持った女の子っていうのが好きなのですよ。
 一瞬理解出来ないような趣味がいいですね。
 可愛い。

 習作で、掌編だからこそ書けたネタですね。
 習作じゃなかったらこんな変わりネタを出せないですし、掌編じゃなかったら僕の知識と知能が足りなくて不可能です。
 バージェス動物群で知っていたのなんて、他にハルキゲニアとピカイアくらいですよ。
 ウィキペディア先生ちーっすお世話になりまーすって感じですね。

 習作にしても、もうちょっと丁寧に書くべきですよね。
 場面の繋ぎと、バックグラウンドを書くのが特に苦手です。
 修練せねば。

 では、この辺で。
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