FC2ブログ

[掌編]大事なもの

 わたしが小学生の頃、悪い奴と取引をした。
 その時わたしはなにかひどく不吉な状況に置かれていて、強い危機感を覚えていた。
 はっきりと思い出せる部分は少ないけれど、わたしはその時、自分の身を救うために、その悪い奴に大事なものを差し出した。
 それがなんだったのか、わたしにはわからない。
 きっと失ってしまったものだから、一生思い出すことはないのだろう。
 わたしが高校生になって、友達にそのことを言うと、見事に笑いの花が咲いた。
 わたしも一緒になって笑った。
 楽しくはなかった。

 わたしには友達がたくさんいる。
 少なくとも両手では数え切れない。
 学校の内外にも、歳の上下にもそれは関わらない。
 もちろん、小学生のあの時以来、悪い奴とは付き合いを持っていないけれど。
 至って健全で、善良で、良心的で。
 自分で言うのもなんだけれども、人柄もいいだろう。
 誰かを厭うたり、妬んだり、恨んだりしたことは無い。
 その逆は、必ずしも無い訳じゃないみたいだけれど・・・。
 わたしは高校の二年生に上がってから、彼氏ができた。
 告白をしたりされたりというのは初めてでなくとも、交際関係を持ったのは初めてのことだった。
 わたしは彼ととても上手くやっている。
 お互いによく笑うし、彼はわたしといるととても幸せそうだ。
 特別に面白いことをしているわけでないのに、彼はいつもわたしに向かってあふれんばかりの笑顔を見せる。
 そんな時、わたしも一緒になって笑った。
 楽しくはなかった。

 わたしには家族がいる。
 祖父母と、両親と、弟と妹、それに飼っている犬の太一。
 家族仲は悪くない。
 むしろいいだろう。
 食事時はいつも全員で食卓を囲むし、テレビが点いていなくても常に騒がしい。
 弟はよく妹と喧嘩をする。
 わたしがその仲介にあたると、母は高くわたしを評価してくれる。
 学校の成績もいいから、父もわたしを認めているようだ。
 犬の太一の面倒は、家族の中で一番わたしが見ているだろう。
 朝と夕の散歩は毎日欠かさないし、お風呂にもちゃんと入れている。
 太一もわたしによく懐いている。
 わたしが家族の中で不利な立場になっていても、太一は事情もわからずにわたしの味方をしてくれる。
 わたしは太一に感謝をして、暇を見つけては公園に連れて行って遊んであげる。
 ボールを投げては甲斐甲斐しく拾って戻ってくる太一は、尻尾がちぎれんばかりにぶんぶんと振って、もっともっと遊ぼうとせがんでくるのだ。
 わたしはそんな太一に笑顔を向けて、今度は前よりも遠くにボールを投げる。
 太一は喜んでそれを取りに行く。
 公園から帰るときは競うように走って帰る。
 わたしよりもずっと多く走り回っているはずなのに、太一は決してわたしに遅れをとることがない。
 太一はわたしの握るリードを引っ張りながら、幾分得意げそうだ。
 泥だらけになって帰ると、わたしは太一を真っ先にお風呂場に連れていく。
 太一は全身の毛を濡らして、今にもぶるぶると身体を震わせたい衝動に駆られるようだ。
 結局、太一はわたしが制止するのも構わず、盛大に全身を震わせて、わたしの服をびしょびしょにする。
 だからわたしは罰として、その日のエサをちょっと少なめにする。
 すると太一はいかにもしょんぼりとして、喉からくぅんと情けない声を出すものだから、わたしはそこで許していつも通りの量のエサをあげる。
 太一はそれがわかると、現金なもので、再び嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振って、時にはわたしに飛びかかってきたりする。
 顔中をべたべたと舌で舐められて、わたしは笑顔を浮かべる。
 それを見た家族が笑って、その場はとても和やかな空気に包まれる。
 わたしは一緒になって笑う。
 楽しくはない。

 高校も三年に上がった頃、付き合っていた彼と別々のクラスになった。
 それがきっかけだったのか、ある日突然、彼はわたしに別れを突きつけた。
 どうやら別に好きな女子ができたらしい。
 わたしは泣いた。
 涙を流した。
 そのことを友達に話すと、友達は他人のことながらに憤慨した。
 一週間も経った頃だろうか。
 彼がわたしと仲のよかった女子と一緒にいるところを見かけた。
 二人は手を繋いでいた。
 ひととき前まではわたしに向けていた幸福そうな笑顔は、今はその子にだけ向けられるようだった。
 わたしはそのことを友達に話して、泣いた。
 涙を流した。
 でも、悲しくなかった。
 悔しくなかった。

 それからわたしは数日してから立ち直り、彼とは完全な他人になった。
 すると、同じクラスの男子から、思いがけなく告白を受けることになる。
 わたしは考えた末、付き合うこととした。
 新しい彼は、わたしに激しい恋愛感情を抱くようだった。
 些か自制の効かない節もある。
 それでもって、半年以上付き合った彼氏とも結局しなかった性交を、新しく付き合った彼とは、一月と待たずに結ぶことになる。
 彼は前の彼とは違った、激しくて深い気持ちをわたしに向けていた。
 わたしを愛おしむように、大切にした。
 それ故に度々諍いを起こすこととなった。
 どうやら彼は不安らしかった。
 わたしの気持ちが本当に彼に向かっているのか、それがひどく不安でならないらしかったのだ。
 彼の掲げる根拠として、わたしが処女でないことが大きかったようだ。
 わたしもまた、それは不思議でならなかった。
 自然に処女膜が無くなることや、極めて微少なケースも無いわけではないのだから、わたしもまたその類であろうとわたしは彼に説明した。
 だが彼はそれを欺瞞であると受け取ったようだった。
 わたしは様々に工夫を凝らして彼に訴えかけた。
 しかしわたしの訴えも虚しく、彼の気持ちは次第次第に黒いどろどろしたものに変わっていった。
 彼は強い独占欲を剥き出すようになった。
 そして度々彼はわたしに向かって拳を振り上げるようになった。
 わたしは怯え、懇願し、縋った。
 それでも上手くはいかなかった。
 わたしは彼と離れることにした。
 周囲の人々の協力もあって、彼とは速やかに縁を切ることができた。
 わたしは悲痛な面持ちでもって、日々を過ごした。
 同情を得た。
 そしてわたしは回復をしていった。
 けれど・・・・・・。
 わたしは、一体、なにから回復をしているのかわからなかったのだ。

 わからないままに、時は過ぎていく。
 いつしか高校を卒業した。
 大学へ進学し、新たな人間関係を築いた。
 わたしは夢を見るようになった。
 それはひどく不吉な夢だ。
 わたしの上に巨大なものが覆い被さっている。
 身体の中心が灼けるように熱い。
 わたしは悲鳴を上げている。
 生温い液体がわたしの上にしたたり落ちる。
 救いを求めるわたしの視界の端に、何かが現れる。
 わたしはその場面に至ってようやく思い当たる。
 これはわたしが幼いときに経験したこと。
 悪い奴と取引をしたこと。
 わたしは奴に、何を差し出したのだろう。
 夢の中、わたしは泣きじゃくっている。
 わたしはそんなわたしを、遠くから見つめている。
 わたしは何を失くした。
 願わくばそれを取り戻したい。などと、思うことさえできない・・・。
 わたしは夢から目を覚まし、日常に戻っていく。
 わたしは、日常の中に、まぎれ込んでいく・・・・・・


 了




 こんな話を書くのです。僕は。
 まあ起承転結のちゃんとしたものも書きますが、こういうのが好きですね。
 テーマはそのまま題にあるとおり“大事なもの”です。そしてそれを失った“わたし”。
 女の子ですよ? 実はわたしというのは男で、これは秘められたホモ小説だ、とかいう事実はないので勘違いなさらぬよう。

 書いた感想として、割と魂削り取れたかなって感じです。もちろん僕の魂をです。
 創作って、自分の魂をかつお節みたいに削り取って作るものだと思っていますので。僕だけかな?

 とりあえず、今日はこの辺で。
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

神無月六亜

Author:神無月六亜
物書きを目指してます。
ブログはやっぱり毎日更新が目標ですよね。

ツイッター kannazuki_rikua

小説家になろう
novelist
dNoVeLs

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

あくせすかうんたー
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR