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中二病でも恋がしたいが終わっちゃった

 最終回迎えちゃいましたね。
 割と毎週楽しみにしていたので、ちょっと寂しいです。
 中二病をどういう風に片付けてエンディングを迎えるのかな、と思っていたのですが、正統派なまとめかたでしたね。

 かくいう僕も万年中二病の痛いヤツなので、色々と考えさせられましたよ。

 中二病ってなんなのかな。
 って考えたんですけど、僕が導き出した答えは、一言で、“モラトリアム”です。

 備忘録のために、具体的に書いておこうかと思います。


 社会から要請されている自分の役割って、なんでしょうね。
 それはその時々によって変化していくものですよね。
 子供の頃は遊んで勉強して、色々と学んで。
 子供と大人の間なら、大人になるために、自分を知って自分を制御して、同一性を獲得していく。
 大人になったら、社会のために貢献していく。

 これって、大きな期待ですかね。
 違いますよ。
 平々凡々の、ありきたりな人間になってください。あるいは、もし貴方が優れていれば、是非社会に功を成してください。
 なんだかこう言われているように感じられませんか。
 わたし達は貴方に道を用意しています。それは自由という道でもあります。そうです、貴方次第なのです。さあ頑張って。
 って、言っているように感じられるんです。

 そこで、じゃあ優秀でないならば、ありきたりな人間になる?
 やだよ、それはつまらない。
 じゃあ頑張って優秀になる?
 どうせ自分なんてだめだ。たかが知れている。

 これは身勝手な考えかも知れません。きっと、「困った奴だ」と言われてしまうでしょう。
 それがわかっている。
 だから選択しなければならない。
 凡人か。秀才か。
 だけど、きっとすぐには決められませんよ。
 凡人であることを受け入れるにも、秀才になるべく血の滲む努力をするのにも。
 そんなとき、“とりあえず”として自分に用意するのが中二病。
 自分の憧れる存在。世界にとって掛け替えのない存在。それに自分を同化させてみる。
 すると、束の間の、精神的安定がもたらされる。
 自分は特別な存在であり、世界から必要とされている存在である。

 これが中二病。
 そして、こうしてもたらされた一時的な精神的安定、すなわち“モラトリアム”の裏で、密かに現実を見つめている自分がいる。
 ある人は、「いつかは中二病を卒業しなければならない。だから今だけは・・・・・・」と考え諦観し、
 ある人は、「自分は特別な存在。勉強くらいできて当然だ」と考え努力し。
 色々な形があるでしょう。
 けどきっと、そのどれもが、中二病を心の慰みに、現実を受け入れ自分を確立していく、という働きがあるはずです。
 まあもちろん、まじで重度な患者はその限りでないのかもしれませんが、僕はそれは中二病でなくマジの病理的な妄想の類だと思いますので、今は除外です。
 だから、中二病っていうのは、形こそ違えど、誰もが通る道なのですよ。
 そして、それはしばしば一生モノになる。


 僕は中二病は悪くないと思いますよ。
 だけどまあ、弁えることは必要ですね。
 多くの人にとって中二病は痛くてみていられないものですから、もし嫌われたくなかったり、疎んじられたくなかったら、密かに温めるべきです。
 別に嫌われてもいい。最悪いじめられても構わん、というのであれば、どんどん出していくべきだと思います。
 だってそれがその人の内面を育てることになるのですから、誰かの目を気にして抑圧するのはそれこそ下らないことです。
 僕は好きですよ。
 そういうやつは目がきらきらしてる。



 というわけで、長くなりましたね。
 多分に自己弁護が含まれますが、中二病っていうのもまた、自然な心理的営みであることは、確かだと思いますよ。

 この辺で。
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